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A 2011年12月初旬 宮城県釜石市で側溝の泥かき作業の様子 |
修了式の後、訓練所の仲間 10 名と宮城県釜石市で側溝の泥かき作業をしてきました。
週末ともなると、都市圏からボランティアバスが出て、大勢の会社員・主婦の方・ OL ・大学生などのボランティアがやってきます。高校生もいました。側溝の泥かきのような力仕事の他に、クリスマスの飾り付けや被災者の方の話を聴くというようなボランティアもあり、いろいろな形での支援が可能です。
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寒い朝だったが、東京から 10 時間かけて夜行バスでやってきた人たちが続々と集まる。
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宿泊所がある内陸部から沿岸部の宮城県釜石市までバスで移動する。見渡す限りの広い大地。
しかし、ここは震災前は家が立ち並んでいた場所だ。
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復興には時間がかかる
現地は津波の影響が大きかった地域で、沿岸部に建物はほとんど残っていません。少し離れた場所でも、 1 階部分は壊滅状態になっており、取り壊しを待っている家がたくさんありました。私たちは 10 名ほどのチームを組み、 3 チームに分かれて側溝のヘドロを取り除く作業をしましたが、ものすごい力で流されてきたいろんなものが埋まっており、朝から 1 日中作業しても 1 チーム 10 mぐらいしか除去することができませんでした。人が住めるようになるまでにまだまだ時間がかかりそうです。しかし、細かい作業は機械ではできない部分であり、どうしても人の力が必要です。 |
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まだ人の住める街ではない。すれ違う人はお年寄りばかり。 |

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側溝からは食器や入れ歯や学習ノートなど、日常使われていたものがたくさん出てきた。 |
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帰る道すがら見たがれきの山。言葉を失う光景があちこちで見られる。 |
ボランティアのために、現地のお母さんが温かい地元のお汁とおにぎりを出してくださいました。この地域では NPO 法人との間で信頼関係が築かれており、お互いに支えあいがなされています。心も体も温まりました。
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画面から見えてこないもの・紙面から読み取れないもの
3 月 11 日の地震のすぐ後、生徒から聞いたまっすぐな熱い思い。私も同じようなもどかしい思いでしたが、何をしたらいいのかわからず、そもそも何かできるのだろうかと戸惑ったことを思い返します。ここに来てわかったことは、現地ではやるべきことがいっぱいあったのだということでした。そして、今も私たちにできることはまだまだいっぱいあります。少しでも時間があれば、あまり気負わずに現地に足を運んでみてください。画面や紙面からは見えてこないもの・聞こえないもの・匂ってこないものが感じられると思います。 |
東北大震災の後、日本がこれまで支援してきた途上国の国々から慰めや励ましのメッセージ、義捐金などが日本政府に送られてきたそうです。日本円にして数十万円とか数百万円程度の小さな額かもしれませんが、彼らにしてみれば精一杯の支援です。そういう気持ちに本当に胸が熱くなります。
出国は1月 11日です。香港・南アフリカ経由で約 18時間かけてマラウイに到着し、 5週間首都のリロングウェに滞在し、 12名の同期生と共に現地語を学びます。その後、仲間と別れて赴任先に旅立ち、いよいよ活動開始です。村では通信環境がどんな具合かわかりませんので、しばらくマラウイ通信が発行できないかもしれませんが、何らかの形で現地の情報をお届けしていきたいと思いますので、気長にお待ちください。