青年海外協力隊「村落開発普及員」として、東アフリカのマラウイ共和国へ派遣予定の吉野先生(社会科)からのお便りです。先生は今、二本松訓練所で10月〜12月の予定で、派遣前の訓練を受けています。2012年1月から2年間の派遣予定です。これから月に1度くらいのペースで、訓練所や任国マラウイの様子など、「マラウイ通信」として伝えてくれるそうです。楽しいこと、つらいこといろいろあると思いますが、吉野先生頑張って来てください。先生にeメールを送りたい人は中安まで。


「さすけねぞい」=大丈夫の意味。
二本松市のあちこちで見られる。

    マラウイ通信

第3号  2012年1月8日

山梨英和中学高等学校 社会科 吉野 華恵
JICA 青年海外協力隊 平成 23 年度第 3 次隊

 みなさん、新年明けましておめでとうございます。
 
  65 日間の訓練も無事終了し、出国までの準備期間もあっという間に過ぎようとしています。これからが本当の意味でのスタートです。モンゴル、南アフリカ共和国、ヨルダン、ザンビア、ケニア、チュニジア、エチオピア、ベトナム、インドネシア、ウガンダ、ルワンダ…、さまざまな国に仲間が旅立っていきます。同じ時を過ごした友が世界の各地でがんばっていると思うと、自分もがんばれそうな気がします。生徒のみなさんにとってもそうではないでしょうか。山梨英和という場所で、人生の最も多感でやわらかい時を過ごしているみなさんは、これからどんな場所でどんな人生を送るのでしょうか。友達がどんな人生を歩んでいるのか想像してみると、その分だけ自分の人生が広がるような気がしませんか。
 
  さて、私たち平成 23 年度第 3 次隊は、 東日本大震災以降、福島県の二本松訓練所で訓練を受けた初めての隊次でした。いろいろと不安もありましたが、ここでしかできないことや感じられないこともたくさんありました。今回は、福島や宮城で私たちが見てきたことをお伝えしたいと思います。
 
  2011 年 3 月 11 日、地震が起きた直後に、「先生、何かしたい! 何かできることありませんか」と言ってきた生徒たちがいました。その後、生徒会や学年でも募金活動が始まりましたし、クラブや委員会活動でさまざまな支援をしてきた団体もあります。学校全体として山梨フードバンクさんを通じて物資の提供も行いましたね。私はそうした地道な小さな活動はとても意味があると思いますし、若いうちからそんなふうに誰かのためになることをしたいと考えているみなさんを、心からすごいと思います。私の中学・高校時代は自分のことしか考えていませんでした。
  ところで、みなさんは提供した物資がどんなふうに被災者の手元に渡るのか、想像できますか。私は物資を集めたり送ったりする活動をしつつも、その行く末についてのイメージを持つことができませんでした。しかし、今回、訓練中に機会を得て、全国から集まった物資の仕分け作業をお手伝いすることができ、「こんなふうに私たちの思いは届けられるんだ」と得心することができました。まずは、その様子をお伝えしたいと思います。

 @ 2011年11月中旬 福島県福島市にてNPO法人本部での物資仕分け


被災者と支援者をつなげること、それが私たちの役割だと思う

私たちがお手伝いした NPO 法人では、代表者の方の自宅の庭先で物資の仕分け・販売がなされています(「販売」の意味は後で説明します)。こんなふうに全国から段ボールが運ばれてくるのですが、多い時で 1 日 150 箱が届くそうです。それを、被災者の方々が利用しやすいように、ボランティアが仕分けをしていきます。段ボールの中には支援者の方からの手紙が入っていることもあるそうですが、この団体ではそれを見落とさないようにして、その手紙を被災者の方に読んでもらえるようにしているということでした。代表者の方が、「支援者は何か人に役立つことがしたいと思って物資を送ってこられるし、被災者は物資を必要としている。だから、その両者の思いをきちんとくみとってお互いに届けられるようにしたいと思って活動している」とおっしゃっていました。


ボランティアで大切なことは“迅速さ”

庭先のみならず、家の中にもところ狭しと段ボールが置かれています。衣類・布団・乾電池・ベビーカー・鍋・洗剤・米俵…、ありとあらゆるものが並んでいます。私たちがお手伝いをした頃は福島市でも雪が降るか降らないかという、寒さが厳しくなり始めていた頃でしたので、毛布や手袋などの防寒グッズを買っていかれる方が目立ちました。
被災者のニーズは時と共にどんどん変わっていきます。地震直後は水やガソリンが最も不足していたそうですが、仮設住宅に人々が移り始めた 8 〜 9 月ぐらいになると寝具や鍋などの生活物資が、 10 〜 11 月の時点ではそれらが一通りそろって、替わってお米やトイレットペーパーなどの生活消耗品の需要が増えてきたそうです。今は趣味や仕事につながるものへのニーズが増えているということで、ある新聞に「手芸用の針の寄付を募っています」というお知らせを出したところ、全国から針や糸が大量に送られてきたそうです。私たちがボランティアに行った日は針や毛糸が何箱も届いた日でした。それらを仕分けしたり、値段をつけたり、庭先に並べたりという作業をしました。


ところで、上の写真の品物には値段がつけられています。ほとんどが数十円程度の安い価格設定ですが、ただで配ればよいようなものをどうして販売しているのでしょうか。それは、ただでもらえるとなると、自分にとって本当に必要なものでなくても「とりあえずもらっておこう」という心理がはたらき、本当に必要としている人へ物資が渡らなくなるからだそうです。売上げは福島県で両親を亡くした子供たち 21 人への支援金に回されます。

物資の仕分け作業をお手伝いしてみて、かゆいところに手が届くような支援をするためには、現地で何が求められているのか情報を得ることが大切だということを実感しました。


今度は沿岸部の様子です。


  A 2011年12月初旬 宮城県釜石市で側溝の泥かき作業の様子

修了式の後、訓練所の仲間 10 名と宮城県釜石市で側溝の泥かき作業をしてきました。

週末ともなると、都市圏からボランティアバスが出て、大勢の会社員・主婦の方・ OL ・大学生などのボランティアがやってきます。高校生もいました。側溝の泥かきのような力仕事の他に、クリスマスの飾り付けや被災者の方の話を聴くというようなボランティアもあり、いろいろな形での支援が可能です。

寒い朝だったが、東京から 10 時間かけて夜行バスでやってきた人たちが続々と集まる。

 

宿泊所がある内陸部から沿岸部の宮城県釜石市までバスで移動する。見渡す限りの広い大地。
しかし、ここは震災前は家が立ち並んでいた場所だ。

 

復興には時間がかかる
現地は津波の影響が大きかった地域で、沿岸部に建物はほとんど残っていません。少し離れた場所でも、 1 階部分は壊滅状態になっており、取り壊しを待っている家がたくさんありました。私たちは 10 名ほどのチームを組み、 3 チームに分かれて側溝のヘドロを取り除く作業をしましたが、ものすごい力で流されてきたいろんなものが埋まっており、朝から 1 日中作業しても 1 チーム 10 mぐらいしか除去することができませんでした。人が住めるようになるまでにまだまだ時間がかかりそうです。しかし、細かい作業は機械ではできない部分であり、どうしても人の力が必要です。

 

まだ人の住める街ではない。すれ違う人はお年寄りばかり。

側溝からは食器や入れ歯や学習ノートなど、日常使われていたものがたくさん出てきた。

 

帰る道すがら見たがれきの山。言葉を失う光景があちこちで見られる。


ボランティアのために、現地のお母さんが温かい地元のお汁とおにぎりを出してくださいました。この地域では NPO 法人との間で信頼関係が築かれており、お互いに支えあいがなされています。心も体も温まりました。


画面から見えてこないもの・紙面から読み取れないもの

3 月 11 日の地震のすぐ後、生徒から聞いたまっすぐな熱い思い。私も同じようなもどかしい思いでしたが、何をしたらいいのかわからず、そもそも何かできるのだろうかと戸惑ったことを思い返します。ここに来てわかったことは、現地ではやるべきことがいっぱいあったのだということでした。そして、今も私たちにできることはまだまだいっぱいあります。少しでも時間があれば、あまり気負わずに現地に足を運んでみてください。画面や紙面からは見えてこないもの・聞こえないもの・匂ってこないものが感じられると思います。

 以上が私が見聞きしてきたことの一部です。

 東北大震災の後、日本がこれまで支援してきた途上国の国々から慰めや励ましのメッセージ、義捐金などが日本政府に送られてきたそうです。日本円にして数十万円とか数百万円程度の小さな額かもしれませんが、彼らにしてみれば精一杯の支援です。そういう気持ちに本当に胸が熱くなります。

出国は1月 11日です。香港・南アフリカ経由で約 18時間かけてマラウイに到着し、 5週間首都のリロングウェに滞在し、 12名の同期生と共に現地語を学びます。その後、仲間と別れて赴任先に旅立ち、いよいよ活動開始です。村では通信環境がどんな具合かわかりませんので、しばらくマラウイ通信が発行できないかもしれませんが、何らかの形で現地の情報をお届けしていきたいと思いますので、気長にお待ちください。

それでは、みなさん、また会う日まで!


 

 
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