娘が英和中学校に入学して、早や三年目も半ばに達しようとしている。本人は訳のわからないままに親の思案のもとに英和中学校に入学することになった。当初は、本人はもとより親としても戸惑いを隠せなかったのも事実だ。
今は、カナダ研修も終わり、日々平穏な学校生活に戻ったが、帰国寸前のインフルエンザの、あの騒ぎ、自宅待機という、思いもしなかったことへの遭遇。しかし今振り返ってみると、学校側の迅速な対応に感謝したい。ただそれだけである。
さて、話は戻るが、娘が、いいえ親として、何故英和中学校を選んだか。
幼稚園の時より英語には触れてきた。公立の小学校だから勿論英語などという授業は無い。国語・算数・理科・社会に関する塾へは行かなかったが英会話の塾に。親として決して娘に期待もしないし、又、してはいけないと思う。しかし 親として子供に何をしてやれるか。これは大問題である。子供の将来がかかっている。今まで習い覚えた英語を生かすにはどうすればよいか、父親として私は、教育に関心がないと云えばウソになるが無頓着と言っていいだろう。母親が娘の将来を考えて英和中学校を選んだ。
入学前の面接の際も娘以上に緊張したのもこれまた事実である。二度の面接を経て IEC クラスに入学。その時点から私と英和との関係が始まった。
入学後、PTA役員選挙があり ( 無論クラス内の選考で有るが ) クラス役員に選ばれてしまった。クラス役員になると必然的に何らかの部会に所属するらしいことを後から知った。「えっそんなことが有るのなら、あの時にクラス役員を辞退しておけばよかった」と思ったが「時すでに遅し」で、私は広報部に所属することになった。
ところが、この広報部、女性ばかりである。最初の会議の折も自己紹介をするのが精いっぱいで、男社会の会議と違い、戸惑いと同時にこれから先の事を考えると、でかい図体の縮むのを感じたのも事実である。そういう中で何回か集まる機会に、先輩方 ( 先輩といっても皆さん私よりはるかに若い年齢のお母様です ) にいろいろご指導していただき、英和の事も少しずつ解りかけてきた。一・二年の二年間、広報部に所属して娘と違った意味で勉強になった。又、情報誌「PTA広報」が出来上がるまでの、広報部長さんはじめ広報部員の皆さんの、取材から始まって校正そして「PTA広報」として出来上がるまでの仕事を末席から見てきた。そこで感銘を受けたのは、皆さんの大変な苦労と、又そのことに対して泣き言一つ言わないこと。皆さん本当に英和が好きなんだなぁーと感じた次第である。
娘が三年生に進級すると同時に、進路生活部に所属することになり、これまた新しい発見ばかり。広報部も進路生活部もそして教養部も、部長さんはじめ殆どが女性だが、メリハリの利いた態度の人達ばかりで感服することばかり。
進路生活部。活動内容は 生徒の下校時の甲府駅周辺の街頭指導、真夏に行われた防災備品の点検 ( 毛布干し ) そして 学校周辺・夢見山グラウンドの草刈り・花植え等の環境整備デー等々これはまた 広報部と違った意味で、英和の事を知る良い機会に恵まれたと思っている。
長々と書き連ねてきたが、要するに 一人の娘の父親として、英和に関わりを持てたこと、これは当然娘にも感謝しなければならないことだが、しかし今私が言いたいのは、お忙しいとは思うがもっとお父さん方に事あるごとに英和に足を運んでほしいということ。(注釈ですが、学校の数ある行事にお父さんが来られても、誰もが何かの部会に所属などということは有りません、念のため。)
娘も日を追うごとに成長して父親としては嬉しい限りだ。だが、母親とは女同士共通の話をしても、父親にはなかなか話す機会ないのが常。そういった中で、学校の事などほんの少しでも共通の話ができると楽しいものである。(これは実感です。)
筆に任せてとりとめもないことを書き連ねたが、今は娘共々英和と関わりを持てたことを、本当に良かったと実感している。お父さん方、もしこんな愚文を見て感じるところがあれば、父母参観日・学級懇談会そして、各地で開かれる地域 PTA にお出になって、直にお嬢さんの通学している英和中学・高等学校の雰囲気を感じてほしいと思う。
最後に、校長先生はじめ諸先生方の、生徒たちへの愛に満ちたご指導に対し、一父親として心底より感謝申し上げます。そして各部を支える PTA の皆さんの努力に対し敬意を表し、創立 120 周年に続き、永く英和中学・高等学校に栄え有らんことを念じ、感謝の言葉といたします。 |